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旅のつれづれ

旅のつれづれ

ショーとショート「旅の話し」

 「ねえ、お父さん」
 「なんだい」
 「何かお話し聞かせて」
 「ああ、いいよ」
 「ほんと、うれしいな」
 と言って、大喜びしているのは小学五年生になる慎一君です。
 今日は、いつも仕事で忙しくてめったに家にいないお父さんが久しぶりに休みがとれて家にいるのです。
 エジプト製の絨毯の上に寝転んでお父さんに思いっきり甘えているのです。
 「お父さんが、慎一と同じ五年生の時に英語の勉強になるからと、エジプトの女の子と英語で文通していたんだ。それがきっかけで英語が好きになり、今は仕事に役立っているんだよ。」
 「それで、僕にも英語の塾に言ったほうがいいよっていっているんだね。」
 「ああ、一生懸命に英語の辞書を引いて一生懸命に返事を書いたんだ。日本語じゃないもう一つの言葉でお話しができることって、ものすごくすばらしいことをしているんだなって感じたんだよ。だからお父さんは、いろんな国の人たちとお友達になりたいと、頑張って勉強をして、今働いている会社に入ったんだ。」
 「文通はどうなったの。」
 「文通はね、お父さんのお父さんつまり慎一のおじいさんが商売に失敗してどこかへ行っちゃったんだ。そして、お父さんは北海道にいる親戚に預けられたんだ。その家はあまり裕福ではなかったので、文通が出来なくなったんだ。だから、最後の手紙に、こんな事情で文通は出来なくなってしまったけれど、いつか必ず会いに行きますって書いたんだ。」
 「かわいそうだね。お父さんたち。」
 「悲しかったけれど、お父さんは頑張って働きながら高校と大学に行ったんだ。そして、今の大きな商事会社に勤めることが出来たんだよ。これも、文通を通して勉強の大切さを教わったから頑張れたんだよ。」
 「頑張ったんだね、お父さん。」
 「ああ、お父さんは会社に入ってもが場って働いたんだ。そしてあるときエジプトに出張することになったんだ。」
 「それでどうしたの。」
 「エジプトでは仕事の追われる毎日で、昔エジプトの女の子と文通していたなんて忘れていた。それでも、不思議なことに町を歩いている時やレストランで食事をしている時なんか誰かの視線のようなものを感じるんだ。そして、視線のするほうに目をやるといつも一人の少女がこっちを見ているんだ。風になびいた長い黒髪の間から見える黒い瞳がじっとこっちを見ているんだ。お父さんが振り返るとスーッと人ごみの中に消えるんだ。」
 「不思議だね。」
 「ああそうだね。そして、お父さんが日本に帰る前の日に、やっと休みが取れたんだ。せっかくエジプトまで来てピラミッドを見ないで帰るのはもったいないと思い、地元の旅行社のエジプトツアーのバスに乗ったんだ。そのツアーはピラミッドだけじゃなくて、いろんな観光名所を巡るツアーだったんだ。メンフィス、サッカーラ、クフ王のピラミッド、スフィンクスと見学して行った。そこにもあの少女がいてお父さんを見ているんだ。そして不思議なことに今度は見るたびごとに少女はすこしづづ成長した姿で現れた。少女から美しい女性に変わって行った。何時の間にかお父さんはその女性に恋をしていた。」
 「そんなに素敵な女性だったの。」
 「そうだよ、とっても素敵な女性だったよ。でもその女性はいつも一定の距離を置いて、お父さんが話し掛けようと近づくと、スーと消えてしまうんだ。」
 「幽霊みたいだね。」
 「そうだね。でも、お父さんはちっとも怖くなかった。逆に一言でいいからお話しがしたかった。」
 「そしてどうなったの?」
 「最後の見学地が絨毯工場だったんだ。そこはね、手織りで一つ一つていねいに絨毯を作っているところなんだよ。絨毯を作っている人はみんな十代位の少女なんだ。いろんな模様の絨毯を見ている鬱に、お父さんが引き寄せられるようにして、ある一つの絨毯の前に立っていたんだ。そしたら、あの女性がまたもとの少女の姿でお父さんに笑いかけてきたんだ、だからお父さんもおもわず少女に笑顔で答えたんだ。そうしたら少女は安心した表情になって、スーッと絨毯の中に消えていったんだ。」
 「よかったねお父さん。」
 「そうだね、なんだか今まで探していたものが見つかったような嬉しさで、胸が一杯になっていくのが分かったんだ。それで、お父さんはその絨毯を思い出に買って帰ろうとしたんだ。ところが、その絨毯は売り物じゃなかったんだ。それでも、どうしても欲しいから工場の人に必死にお願いしたんだよ。お父さんの熱意に負けて工場の人が織った人に頼んでくれることになった。でも、お父さんには時間が無いから直接あってお願いできないか頼んだんだら、その女性のところに連れて行ってくれることになったんだ。」
 「それで、無事会えたのお父さん。」
 「会えたとも、でもその女性は、思い病気で長い間病院に入院していたんだ。その病室に入ってお父さんは驚いてしまった。ベッドに横になっている女性は、あの不思議な女性だったんだ。そして、さらに不思議なことにその女性は父さんの名前を呼んだんだ。いつもお父さんと夢で会っていたそうだ。そして、お父さんの来るのを待っていたと言って、一枚のぼろぼろになった紙切れをお父さんに渡したんだよ。」
 「その紙にはなんて書いてあったの?」
 「その紙は、お父さんが、いつか必ず会いに行きます、と書いた手紙の最後の一ページだったんだ。」
 「じゃあその女性はお父さんが文通していた少女だったんだ。すごいね。」
 「女性のベッドのそばの机の引出しには、お父さんが送った手紙が全部大事にしまってあった。何度も何度も読み返したらしくてもうぼろぼろだった。お父さんはその手紙を見たら涙があふれてきた。その涙が女性の手に落ちたんだ。涙が真珠のように輝きながら、細くしなやかな手を滑り落ちていった。そして、その手を握って必ず会いにきますと約束したんだ。」
 「その時の絨毯なんだね。この絨毯。」
 と言って慎一は、今寝転んでいる絨毯をなでながら暖かい気持になっていた。
 「ああそうだよ。でもそれだけじゃないんだ。なあ、母さん。」
 と言って、お父さんは台所で忙しそうにしている、長い黒髪の似合うお母さんを見た。
 


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